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和風図案

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小野デザインの代表小野の先祖のお話です。

群馬県前橋市大胡町(旧勢多郡大胡村)の小野家の祖は“小野太兵衛”です。


口承ですが、先祖は白沢村(現沼田市白沢町)から来たと言われています。また、1600年の 関ヶ原の戦いでは、沼田城の東軍についた信幸(以降信之に改名)に加勢し、足軽頭を努めたそうです。地侍で、普段は農業を行い、戦(いくさ)の時に、出陣要請を受けて、武装し出陣していたようです。戦況を見極め、敵対するどちらにつくか、判断していたようです。

小野太兵衛は、現存する墓石※1から天保7年(1836年)に亡くなったことがわかります。仮に70歳まで生きたとして(江戸時代の平均寿命が35歳くらいなので、かなりの誇張です)1786年頃以降(20歳以降として)に白沢村から大胡村へ来たのだと考えられます。
※1 県道34号線の荒砥川近くの大前田英五郎の墓のある高台の奥にあります。

現存する家紋の入った墓石、土地などから白沢の小野家から分家する形で、それなりにお金を持たされて大胡へきたのではないでしょうか。

白沢と大胡は、赤城山を中心として、南北に等しい距離にあります。では、小野太兵衛氏は、なぜ、大胡へ来たのでしょうか。知り合いなどが大胡にいて、土地が売りに出されていたのでしょうか。開墾などで、募集があったのでしょうか。想像ですが、本家の情報収集の拠点として、大胡に住まわせたのではないでしょうか。

白沢村では、江戸時代、代々小野勘兵衛を名乗っていました。大胡の本家の家の仏壇に、小野勘兵衛氏の位牌があれば位牌分けをした兄弟ということが言えます。まだ、確認していないのでわかりません。白沢村の当主とは、お会いしお話ししたこともあります。眉毛の形や目が、みょうに似ている感じがしました。

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